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GLOSSARY

洪門 用語集

洪門(HONG MEN)にまつわる言葉を、意味とともにまとめた用語集です。洪門の系譜を受け継ぐ大哥(兄貴)達の教えを基に、日本國新洪門總會義恊會が解説します。洪門の全体像は「洪門とは」を、より詳しい歴史は「洪門の歴史と現在を語る」全八章をご覧ください。

組織と呼び名:洪門(こうもん/HONG MEN) / 新洪門(しんこうもん) / 天地会(てんちかい) / 三合会(さんごうかい) / 哥老会(かろうかい) / 致公堂(ちこうどう) / 漢留(かんりゅう) / 山(やま)・堂(どう)・山堂(さんどう) / 開山(かいざん) / 山主(さんしゅ) / 南華山(なんかざん) / 龍義堂(りゅうぎどう) / 忠義堂(ちゅうぎどう) / 兄弟(きょうだい) / 大哥(兄貴) / 紅棍(こうこん)

人物:五祖(ごそ) / 五宗(ごそう) / 殷洪盛(いんこうせい) / 鄭成功(ていせいこう) / 関聖帝君(関羽) / 陳近南(ちんきんなん) / 三英(さんえい)

精神と教え:反清復明(はんしんふくみん) / 五つの精神 / 相愛相利(そうあいそうり) / 梁山の根本・桃園の義気・瓦崗の威風 / 洪門十條(こうもんじゅうじょう) / 十款(じゅっかん) / 洪門四柱(四大盟兄)

数字・符牒・場所:819(指印) / 3・5・36・72・108 / 白鶴洞より来る / 紅花亭(こうかてい) / 洪家大会(こうけたいかい)

組織と呼び名

洪門(こうもん/HONG MEN)

中国に起源を持つ、世界最大級といわれる友愛結社です。世界に約5,600万人の兄弟がいるとされ、日本では「アジア系フリーメイソン」「チャイニーズ・フリーメイソン」とも呼ばれます。清朝の康熙帝の時代、紅花亭での集会の際に天に紅い光が輝いたことから「紅門」と名乗り、のちに「洪門」となったと伝えられます。詳しくは「洪門とは」をご覧ください。

新洪門(しんこうもん)

辛亥革命100周年にあたる2011年10月10日、蔡龍神大哥が「中国新洪門黨」を設立し、新たな洪門として歩み始めたものです。日本國新洪門總會義恊會も、この新洪門の組織です。

天地会(てんちかい)

歴史の中で洪門が呼ばれてきた名称の一つです。初期の洪門では、五祖の長男・蔡德忠の系統が天地会として、台湾・福建・甘粛などに広がりました。また当会に伝わる歴史では、鄭成功が反清の結社「漢留」に「天地会」の名を与えたとされます。

三合会(さんごうかい)

五祖の次男・方大洪の系統から生まれ、広東・広西に広がった組織です。康熙37年(1698年)、蘇洪光が天の時・地の利・人の和を祈念して義軍を「三合軍」と名付けたことが、その名の由来とされます。現在は黒社会(犯罪組織)の名として知られますが、もともとは洪門と同じく、腐敗した政権に抗う人々の集まりでした。

哥老会(かろうかい)

五祖の四男・胡德帝の系統から生まれ、湖南・湖北に広がった組織です。歴史の中で洪門が呼ばれてきた名称の一つでもあります。

致公堂(ちこうどう)

1882年にサンフランシスコで創立された洪順堂を前身とする、海外の洪門の堂です。孫文とも深い関わりがありました。のちに親共産党派が「中国致公党」となり、中国の八つの民主党派の一つとして、北米やフィリピンの華僑社会に影響力を持ちます。

漢留(かんりゅう)

明の滅亡後、始祖・殷洪盛が結成した反清の秘密結社です。傅青主、顧亭林、黄梨州、王船山の四人が加わり、のちに朱舜水を加えて「先賢の五人」と呼ばれます。洪門は自らの歴史を「梁山」「桃園」「瓦崗」「漢留」「洪門」の年代に分けています。

山(やま)・堂(どう)・山堂(さんどう)

洪門では、それぞれの会のことを「山」と呼び、お寺のお堂と同じく、その社を「堂」と呼びます。洪門の各組織をまとめて「山堂」といいます。国共内戦の後、台湾の山堂の数は百を超えたといわれます。

開山(かいざん)

新たな山(洪門の会)を開くこと、つまり会を設立することです。日本國新洪門總會義恊會は、蔡龍神大哥と鈴木勝夫大哥より開山を許され、2024年1月30日に開山(設立)されました。

山主(さんしゅ)

洪門の会(山)の長のことです。「水滸伝」の梁山泊の制度を組織の根本とすることから、会長職をこう呼びます。

南華山(なんかざん)

上海で「上海南華業聯誼社」として開山した洪門の山で、のちに台湾最大の山堂となりました。五祖の長男・蔡德忠を源流とし、号は「鬼」、旗は黒です。日本の洪門は、この南華山の龍義堂から受け継がれています。

龍義堂(りゅうぎどう)

2006年11月5日、洪門南華山の総会で、蔡龍神大哥を堂主として創設された堂です。台日友好を旗印とし、「アジアの安定と世界平和への貢献」を目標に掲げました。2007年には鈴木勝夫大哥が「龍義堂日本國本部堂」を開堂し、日本の洪門の礎となりました。

忠義堂(ちゅうぎどう)

洪門の兄弟が集まる場所のことです。「水滸伝」の梁山泊に由来します。洪門の伝承では、陳近南と五人の僧が紅花亭に忠義堂を設けて、義兄弟の契りを結んだとされます。

兄弟(きょうだい)

洪門のメンバーのことです。洪門では、血縁を超えた義兄弟として互いを信じ、助け合います。

大哥(兄貴)

洪門で、尊敬する兄弟子・先輩を呼ぶ言葉です。洪門の教えは、大哥から兄弟へと受け継がれていきます。入門者を直接推薦した人は、その人の直接の大哥になります。

紅棍(こうこん)

洪門の幹部の呼び名です。当会に伝わる歴史では、孫文はハワイ・ホノルルで洪門に入門した時から紅棍と呼ばれる幹部であったとされます。

人物

五祖(ごそ)

少林寺の五人の和尚で、洪門の祭壇に祀られる洪門の祖です。蔡德忠(さいとくちゅう)、方大洪(ほうたいこう)、馬超興(ばちょうこう)、胡德帝(ことくてい)、李式開(りしきかい)の五人を「前五祖」と呼びます。洪門の伝承には、前五祖を助けた勇士たちとして「中五祖」「後五祖」も登場します。→ 第三章「洪門五祖の誕生物語」

五宗(ごそう)

洪門の創建に貢献した五人の功労者のことです。史可法(文宗)、鄭成功(武宗)、陳近南(宣宗)、萬雲龍(達宗)、蘇洪光(威宗)の五人を指します。

殷洪盛(いんこうせい)

洪門の始祖とされる人物です。明の将軍の幕僚として仕え、明の滅亡後、反清の秘密結社「漢留」を結成しました。その配下の五人が、のちの前五祖であるとされます。→ 第四章「洪門の始祖・殷洪盛」

鄭成功(ていせいこう)

明末清初の英雄で、国姓爺(こくせんや)・延平王とも呼ばれます。清と戦い、台湾からオランダ軍を追って鄭王朝を築きました。洪門の祭壇では、向かって右側に祀られています。→ 第五章「祭壇に祭られる鄭成功」

関聖帝君(関羽)

三国志の英雄・関羽のことです。歴史上で最も「義」に篤い人物として、洪門の祭壇の中央に祀られ、洪門精神の鏡とされます。

陳近南(ちんきんなん)

清を追われた翰林院学士で、五人の僧をかくまい、紅花亭に忠義堂を設けて義兄弟の契りを結んだ人物です。五宗の一人「宣宗」と呼ばれ、洪門の総会長としても名を残します。

三英(さんえい)

洪門の伝承に登場する三人の女性英雄、鐘氏、郭秀英、鄭玉蘭のことです。五祖の逃避行を助け、清軍に立ち向かったと伝えられます。

精神と教え

反清復明(はんしんふくみん)

「清を倒し、明を再興する」という意味で、洪門が結成された当初の誓いです。

五つの精神

洪門が掲げる「忠誠」「義氣」「公正」「自由」「和平」の五つの精神です。日本國新洪門總會義恊會の理念でもあります。洪門の旗の五色(黒・黄・赤・白・緑)は、五行思想と、すべての人種が平等であることを表すとされます。

相愛相利(そうあいそうり)

墨子の思想で、「互いに隔てなく愛し合い、互いに利し合う」という意味です。洪門の原理は、この考えに由来するとされます。

梁山の根本・桃園の義気・瓦崗の威風

洪門の基本精神です。「梁山の根本」は水滸伝の梁山泊、「桃園の義気」は三国志の劉備・関羽・張飛の義兄弟の契り、「瓦崗の威風」は隋の時代に瓦崗塞に集まった三十六人の義兄弟に由来します。

洪門十條(こうもんじゅうじょう)

入門の際に誓う十の教えです。忠誠を尽くして国を守る、親孝行をする、長幼の序を守る、互信互助の精神をもつ、などを定めています。条文は「義恊會について」に掲載しています。→ 第七章「洪門の規則」

十款(じゅっかん)

洪門で禁じられている十の事柄です。兄弟を害する証言、機密の漏洩、弱い者いじめなどを禁じています。

洪門四柱(四大盟兄)

入門を支えてくれる、尊敬すべき四人の兄貴のことで、「恩・承・保・薦」と称します。恩(山主)、承(副山主)、保(副山主)、薦(堂主)からなり、薦は入門者を直接推薦した人で、入門者の直接の大哥になります。

数字・符牒・場所

819(指印)

洪門で用いる指印(手で示す合図)です。当会に伝わる教えでは、明の最後の皇帝・崇禎帝が自ら命を絶ち、明が滅んだ日(8月19日)に由来するとされます。洪門の兄弟は、挨拶や握手の際に人差し指を折る動作を用います。

3・5・36・72・108

洪門で大切にされる数字です。3は桃園の三義兄弟、5は五祖や五つの精神、36・72・108は水滸伝で梁山泊に集まった豪傑たち(天罡星36人と地煞星72人、合わせて108人)に由来します。入会に三人の同意が必要なのも、桃園の義兄弟に倣ったものです。

白鶴洞より来る

洪門の符牒(合言葉)の一つです。相手が洪門の兄弟かを確かめるために「どこから来たか」と尋ねられた時の答えで、陳近南が白鶴洞で暮らしていた逸話に由来します。

紅花亭(こうかてい)

洪門発祥の地とされる場所です。陳近南が五人の僧をかくまい、忠義堂を設けた場所であり、のちに洪門の集会場は「紅花亭」と呼ばれるようになりました。洪門の儀式で使う香炉も、紅花亭の故事に由来します。

洪家大会(こうけたいかい)

康熙13年(1674年)、紅花亭で108人が血の盟約を結び、旗揚げした集まりと伝えられます。