ここで綴る内容は、洪門の系譜を受け継ぎ、大哥(兄貴)達の教えから得た話を基に解説しております。
※当会までの系譜を確認するには、第六章をご覧ください。

第二章「チャイニーズフリーメイソンとは?」

2024年5月26日/本多利也 記

<チャイニーズフリーメイソン「洪門」の由来>

※19世紀末・洪門印章

チャイニーズフリーメイソン、またはアジア系フリーメイソンの事を、世界では洪門(HongMen)と呼ぶ。

その洪門の名称の由来は、清朝の康帝の時代に天地会の朱洪竹(しゅこうちく)らが、紅花亭で秘密の集会を開いた時、天に一筋の紅光が輝いたことから、これを天佑(天のたすけ)とし、以後は「紅の門」、即ち「紅門」(別名紅村)と名乗る様になったことからである。

当時、「反清復明」秘密結社洪門のメンバーは人々の処雨(祈り・願い)の対象である事から、中国語の発音が同じ「紅(Hong)」から、「洪」に変えて現在の「洪門」の名称が正式なものになったといわれている。

この成り立ちに関しては、後程詳しく改説する。

洪門創立由来には諸説あるが、その中の一つが義兄弟の契りを結んだ五人の少林寺和尚が「反清復明」を誓い創設したとされるものがある。

よって洪門ではこの五人の和尚を「五祖」と称して尊ぶ。

この五祖についても改めて説明しよう。

また歴史的には 天地会、哥老会、三合会、三点会などと呼ばれてきたが、現在では洪門の名称でほぼ統一されている。

我々の会は「日本國新洪門總會義恊會」という名称であり、洪門南華山龍義堂より日本國総堂(現在の日本國新洪門總會)を経て、2024年1月30日に開山(設立)されたものである。

南華山自体は1981年に「上海南華業聯誼社」として仏国、英国、米国、日本の諜報機関が権謀術数に凌ぎを削る上海のフランス租界で開山。

開山に際しては、十八名の大哥(兄貴)が互選の入れ札を行い、許冀公大哥が初代山主に就任。

また開山式には、中華民国初代臨時総統の孫文も所属していた、サンフランシスコの洪門「致公堂」から崔通約大哥が派遣され、後に崔通約大哥が二代目山主に就任。

三代目には孫文が中華民国鉄道総裁を務めた関係もあり、先生門下で中華民国鉄道指揮官、行政院参議を歴任された石振江大哥が就任。

四代目には台湾鉄路警察局長、台湾警務処官房長、国民大会代表を務められた崔震權大哥が就任。

そして、当代五代目山主には法学博士で南華山生え抜きでもある劉沛勛大哥が選出される。

<「致公堂」とは>

※孫文(中央)と共に撮影された致公堂集合写真

先に挙げた「致公堂」についても触れておこう。

致公堂とは中国の民主党派と呼ばれる、合計8組織ある中国共産党の衛星政党のひとつである。

致公党は、洪門一派であり、洪門が辛亥革命(1911年)で孫文に協力した後、革命後に冷遇されたことで、国共内戦で親国民党派と親共産党派に分裂。

その親共産党派が「中国致公党」となったのだ。

民主党派としては小さな政党だが、洪門からの派生ということもあり、世界への影響力は強く、その力は北米やフィリピンの華僑と交流する際には多大な影響力を持つ。

<洪門が祭壇に祭りあげるもの>

※洪門の祭壇に祭られる関羽(荊州に立像された全長58メートル、重さ1320トンの関羽像)

南華山は洪門の五祖・長男「蔡德忠」を源流とし、号は「鬼」、旗「黒旗」である。

洪門は各会の事を山と呼び、お寺のお堂と同じく社を堂とよぶ。

祭壇には必ず、中央「関聖帝君(三国志の関羽)」、向かって右側には明末清初の英雄で台湾に鄭王朝を築いた「鄭成功(国姓爺、延平王)」、左側には「五祖」と呼ばれる少林寺の五人の和尚「蔡徳忠(さいとくちゅう)」「方大洪(ほうたいこう)」「馬超興(ばちょうこう)」「胡德帝(ことくてい)」「李式開(りしきかい)」を祀る。

洪門が関羽を祀る理由は、洪門が最も重視するのは「義」。

歴史上で最も「義」に篤く、また文武両道に秀でていた人物であったということから、洪門精神の鏡であるという解釈からである。

<初期の洪門の組織概要>

※順房-堂主名-旗号-旗色-堂名-地域-会名

長房-蔡德忠(さい とくちゅう)-彪-黑-青蓮堂-台灣福建 甘肅-天地会

二房-方大洪(ほう たいこう)-虎壽-紅-洪順堂-廣東廣西-三合会

三房_馬超興(ば ちょうこう)-虎合-赤-家后堂-四川雲南-袍哥会

四房_胡德帝(こ とくてい)-虎和-白-參太堂_湖南湖北_哥老会

五房_李式開(り しきかい)-虎同-綠-宏化堂-江蘇浙江-小刀会

<洪門は黒社会組織なのか?>

※香港マフィアのイメージ写真

洪門は、現在も中国や台湾でその名が轟く黒社会組織、「三合会」と同じものなのではないかと言われることが多い。

歴史的観点でいえば、この認識は間違えではない。

三合会は元々、洪門五祖の一人、二房(次男)・方大洪(ほうたいこう)の旗印より生まれたものである。

皆さんの認識では、黒社会組織=ヤクザ組織と理解されている方も非常に多いだろう。

しかし、洪門が誕生した時代は彼らが社会的に何の権利もなく、身寄りのない人間たちの集まりであり、同じように弱い立場の人間たちを救うべく、「弱きを助け強きを挫く」。

言わば、腐敗した政府に抗う集団として誕生したものなのである。

公に政府として名乗る国があれば、その反対側にあるもの、政府に秘密裏に動くこと、それ即ち全て黒社会組織なのだ。

悪政に苦しみ、貧しい生活を余儀なくされた者たちの集まりが「反清復明(清朝を打倒して明朝を復興すること)」での精神で洪門となり、現在の各組織になっていったのである。

現在の犯罪組織として捉えられているそれとは異なるが、祖国を思う気持ちや、義を重んじるという点では、皆、袂は同じである。

また、現代では、中国で起きた「辛亥革命(中国の共和主義革命)」100周年を記念し、新たな洪門として生まれ変わるという意味を持って、「洪門」から「新洪門」を名乗っている。

当会組織もこの新洪門である。

<精神と思想>

※洪門思想の始祖とも言われる墨子

洪門は中国発祥の組織。

中国という国は、長い歴史の中で数多の戦乱があり、覇権を競う者たちの中から時の統治者が生まれ、その都度、国の名前を変えてきた。

統治者による長きにわたる政権は徐々に腐敗し、民を想う政治は奪われ、一部の特権階級者のみが富を貪るようになる。

結果、民間から生まれる不満は次第に大きくなり、志あるものたちが集まり、時の政府を打倒する。

そして、それをいつの時代もサポートしてきたのが洪門なのである。

歴史は常に繰り返されるのだ。

中国では、秘密結社のことを「幫(Bang)」と呼び、確認されている最初の幫は紀元前400年頃の春秋戦国時代に存在した「墨家」である。

洪門の原理は、この墨家の始祖・墨子の思想「相愛相利」からきている。

意味は「お互いを隔てなく愛し合い、お互いを利する方法に易えるべきだ」というものだ。

中国の正式名称は「中華人民共和國」。

その名の通り、中国自体が様々な人種の共和国であり、互いに争うのではなく、共に共存・共栄・共享(喜び・権利等を分け合う)することが重要なのだという教えなのである。

この精神に基づき、洪門には五代精神として「忠誠」「義気」「公正」「自由」「和平」を掲げている。

また、洪門の旗には、黒、黄、赤、白、緑の五色の色が起用されているが、中国古来の五行思想を反映した考え方で、世界には「赤人」「青人」「黄人」「白人」「黒人」の5つの根源的人種があったとされ、皆が平等であることをその旗に表している。

ちなみに、1912年の中華民国成立から1928年の国民政府成立までの中華民国国旗でも使用され、五色の横縞で、上から赤(漢族)、黄(満州族)、藍(モンゴル族)、白(ウイグル族)、黒(チベット族)の五族共和を象徴としていた。

冒頭で説明した五祖も含め、洪門にとって「5」という数字は、非常に重要な数字として考えられている。

<定規とコンパスの本当の由来>

※定規とコンパスを持つ中国神話の、伏羲と女媧。上には太陽(菊花弁)、下には月が描かれている。

現フリーメイソンのシンボルマークに使用されている定規とコンパス。

この基となったのが、中国神話に登場する「伏羲と女媧」が世界創造の際に使用したと言われる神器(定規と円規)であり、マークが世界に伝わったのは、墨子よって結成された墨家であるかもしれないという話はご存じだろうか?

証拠として、伏羲と女媧の書物には、定規とコンパスを持つ姿が描かれており、墨子は高度な技術を持った土木建築工事のエキスパートでもあったため、大工仕事や製図で用いる方形を図る差し金・定規、円形を図る円規(コンパス)、また、直線を引く墨縄・墨糸を用い、戦時下に守り防げる城門の図面といった建築関連の文献が多数残っている。

また、墨家は平和と博愛を根幹とした思想集団であり、中華統一を成し遂げた秦の始皇帝が現れたころに、組織解体を迫られ忽然と姿を消した。

解体後、世界へ向かった墨家は各国で暗躍し、持ち得る技術を生かしたと言われている。

また、キリスト教の教義については、多くの研究者が墨子の思想と似ていると伝えていることなどから、同一人物説も唱えられている。

要は牧師こそがキリスト教の源流だったのではないかと考えられたことからも、欧州の石工職人が牧師の弟子たちから技術を学んだことで、定規とコンパスなどが伝わったことは容易に想像ができる。

<精神を重んじる組織>

※中国ドラマ「水滸伝」よりイメージ画像。洪門精神のひとつ、「梁山の根本」は水滸伝の梁山泊より来ている。

洪門は精神を重んじる組織であり、その思いは暗号や合図、数字などにも多く込められている。

その中でも、数字の3と5、36と72と108は非常に大事なものとされている。

そのルーツを、洪門の成り立ちと共に説明しよう。

洪門は自らの歴史を「梁山」「桃園」「瓦崗」「漢留」「洪門」の年代に分類している。

「梁山」「桃園」「瓦崗」は洪門組織の歴史ではないが、メンバーにとっては己を律する思想的源流であり、その歴史は全て中国の物語に沿って、洪門の精神基本としている。

洪門の基本精神は「梁山の根本」「桃園の義気」「瓦崗の威風」である。

「梁山の根本」とは、水滸伝の梁山泊の制度を洪門組織の根本とするもの。

水滸伝は元代~明代にかけて書かれたという古典文学である。

会長職を「山主」と呼び、洪門兄弟が集まる場所を忠義堂と呼ぶのも、この水滸伝からきている。

また洪門で重要視する36、72、108という数字は、北宋末期に封印されていた108の魔の星が解放され、天罡星(てんこうせい)の36人と、地煞星(ちさつせい)の72人の生まれ変わりである豪傑たちが梁山泊に集まり、悪政に立ち向かったことに由来するものだ。

「桃園の義気」とは後漢末期から三国時代、三国志の英雄、劉備・関羽・張飛」が、桃園で「我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん」と義兄弟の契りを結んだ故事があり、洪門はこの三義兄弟が生涯貫き通した濁りの無い純粋な「忠」と「義」の精神を模範にして生きて行こうという気持ちの表れである。

洪門が重要視しているのはこの「義」。

また洪門で重要視する3の数字はこの3人からもきていて、入会するには桃園義同様、3人の同意が必要となる。

「瓦崗の威風」とは、581年~618年頃。

当時、隋(ずい)が覇権を握っていた時代。

初代皇帝・楊堅(ようけん)亡き後、二代目に煬帝は民から「色を好んで礼を無視した、礼に背き人民から嫌われたもの、天に逆らい人民を搾取したもの」と言われる程の暴君であった。

腐敗した政権打倒の為、瓦崗塞に逃亡者や渡世人、下級の軍人・官史等、決してエリートではない36人が集まり、義兄弟の契りを交わし、彼らは唐大宗(李世民)を支え、隋を滅亡させ、唐王朝を新たに築くこととなる。

洪門では彼らのこの威風を敬するという意味で、無頼者では終わらない「瓦崗の威風」としている。

<意外な洪門メンバー>

※ブルースリー、ジャッキーチェンも関わりを示唆する記録がある。

意外と思われるかもしれないが、エンターテイメント業界で活躍した、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、チャン・ツィイーもメンバーであると言われている。

明言こそしていないが、ジャッキー・チェンは1999年出版の自伝で「トライアッズ(三合会)は、二十世紀初めに存在した秘密結社のメンバーだった人々で、自分たちの活動、動きを隠すために京劇の劇団に入り、香港のエンターテインメントに関わっていた。」と書き記し。

ブルース・リーは1940年サンフランシスコのチャイナタウン生れ、父親のリー・ホイチュアンが映画に出演していた関係で銀幕デビュー。

洪門の影響なくして香港エンターテインメントの世界に関わることのできない業界。

父の影響で入った可能性は高く、その後のブルース・リーの謎の死は、正に三合会が絡むと言われた事件として知られている。

そして、女性俳優のチャン・ツィイーのその一人。

ジャッキー・チェンと共に「ラッシュアワー2」でハリウッドデビュー。

2012年12月3日に北京で開かれた中国致公党の第14回党大会に出席している。

つまり、チャン・ツィイーはこの政党の党員の関係者であるというのは間違いないのである。

目次第一章「秘密結社フリーメイソン第三章「洪門五祖の誕生物語」